顎の整形術で理想的な形を作れるブログ:07月10日


私は両親が本当に嫌いでした。

小さいころの記憶といえば、
家でビールに溺れる父親、
そのことで父親をなじるお母さん。

そしてその怒りを姉や私にぶつけ、
姉はその怒りを私にぶつけていました。

家には居場所がない…
子どもの時の私は
そう考えるしかありませんでした。

以前、実家に帰った時に
小学生の時に作った壁掛けがあったはずなので、
お母さんに見せてほしいと頼むと、
「捨てた」と言いました。

私は当然のように聞きました。
「なんで捨てるねん、小学生のとき作った作品で唯一残ってるやつやん」

お母さんは言いました。
「あの壁掛け吐き気するくらいキライやねん。
灰色とかなんともいわれへん色ばっかりやから」

その通りです。
私がみても30秒が限界なのですから…
小学生の持つ明るさなどまったくなく、
絶望という言葉がふさわしいような色だけでした。

そして中学、高校と
表面的には普通の子どもでしたが
内面的にはどんどんゆがんでいきました。

変わることのない父親とお母さん、姉との確執。
その時の私の望みはただひとつ、
「楽に死にたい」

何度も首をくくる練習もしました。
包丁をお腹にあてたりもしました。
このまま目が覚めなかったらいいのに…と
毎日のように思っていました。

そしてある時、私は決めました。
「こいつらは赤の他人や」と。

そして私は一度だけ両親に言ったことがあります。
「こんなゆがんだ性格にしたのはあんたらのせいや、謝ってほしい」と。
両親は頭を下げました。

でも、そんな私でも
今は少しづつ父親もお母さんも姉も
許せていっています。

姉に子どもが産まれ
実家で子どもたちと遊ぶようになった時に、
姉から
「ありがとう」と感謝をされたことで
私の中で何かがかわりはじめたんです。